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歴史紹介

室本町と麹の歴史

室本の由来

香川県観音寺市室本町は、瀬戸内海に面した港町です。
温暖な気候と清らかな水に恵まれ、古くから発酵や醸造に適した土地として知られてきました。

「室本」という地名は、麹を育てる“室(むろ)”が多くあったことに由来する、という説があります。
この地で育まれてきた麹づくりの文化は、今も受け継がれています。

室本と麹

室本で麹づくりが盛んになった背景には、いくつかの理由があります。室本は讃岐でも早くから稲作が行われ、米の生産が多い土地でした。

永禄元年(1558年)、天霧城主・香川之景から、現在の蓮光院にあたる皇太子大明神別当多宝坊へ、麹の製造・販売を認める免許状が下賜されたと伝えられ、 これをきっかけに麹屋が増え、やがて統制のために「麹座」が設けられました。

こうした記録から、室本では少なくとも450年以上にわたり、麹づくりの文化が受け継がれてきたと考えられています。

皇太子神社

室本町に鎮座する皇太子神社は、“麹の神様”として親しまれています。

かつては多くの麹屋が並んだ室本ですが、時代の移り変わりとともに製造業者は減少し、現在(2026年)ではわずか3軒となっています。

室本こうじ
(入江こうじ製造所)の歩み

室本こうじ(入江こうじ製造所)は、香川県観音寺市室本町にある麹屋です。
室本に息づく麹文化とともに歩んできました。

麹や甘酒、味噌など、毎日の食卓にそっと寄り添う発酵食品を、
昔ながらの製法で丁寧にお作りしています。

入江家のルーツ

入江家の家系資料※1 によると三谷兵太郎(52代目)をはじめとした三谷家の名が記されており、室本の地で代々続く麹一族で屋号は「若松屋」でありました。その後、三谷家が新屋六反地に居住し、農業のかたわら麹の製造・販売を営んだと伝えられています。この頃、姓を三谷から六反に改めました。

※1 入江家の家系資料 元禄元年6月2日(1688年)の過去帳より

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大きな転機と室本の入り口へ

嘉永7年(1854年)の安政南海地震では、観音寺沖の新田も津波で大きな被害を受け、「3年間は農作物がほとんど作れなかった」と伝えられています。そうした中で、一族は生活の基盤を立て直しつつ、麹づくりは途切れることなく続けられてきました。

入江長兵衛(入江姓 初代 64代目)が室本の南入口に住居を移し、屋号をそれまでの「若松屋」から「入口屋」 に改めました。このとき、姓も六反から 入江に改め、祖先伝来の麹製造・販売と農業を営みました。

こうして、現在の入江家は三谷 → 六反 → 入江と姓を変えながら、少なくとも約300年以上にわたり室本で麹づくりに携わっています。

代々続く麹屋、そして現代へ

入江長兵衛(64代目)以降、麹屋の仕事は代々受け継がれ、
室本の地で麹づくりを営みながら、
「麹のまち 室本」の歴史を支えてきました。

時代が移り変わっても、先祖から続く麹屋の系譜を守り、
昔ながらの蓋麹法による麹づくりを継承し、
現在の 「入江こうじ製造所 76代目 入江克典(入江姓としては13代目)」 に至ります。

参考資料

  • 観音寺市の文化財 平成11年3月(1999年)発行
  • 観音寺市高室郷土史研究会
  • 入江家の家系資料 元禄元年6月2日(1688年)の過去帳
  • 麹の神様 讃岐国 皇太子神社 皇太子神社 宮司 西田準一

室本こうじが
できるまで

原料を整える

米を選び、蒸し、麹づくりの土台をつくる。

種麹をまき、仕込む

米一粒一粒に麹菌をつけ、床へ運び、米が冷えないように布をかけて、24時間寝かせます。

麹室で育てる

もろぶたに入れ、温度と湿度を見守りながら、室の中で24時間菌糸を成長させる。

室出し、袋詰め

こき板を使って、麹をすくい取り袋に詰める。板状の塊を崩さないように袋に詰めるのがコツ。

麹商品

味わいの決め手は、発酵の素となる麹。
料理の旨みを引き出し、体もよろこぶ伝統食材を、ご家庭でも手軽に。

米の装飾画像
米の装飾画像